大沢崩れ

目の底にはもっと強く残っている、大沢谷の姿がある。
谷とは何だろう、とそればかり思う。
両側から窪められたところ、刳れたところ、
はざま、ものの落ち込むところ、
そして何よりも、岩石を運ぶ道筋だと思った。

      幸田 文   「崩れ」より
大沢崩れ
この光景、よくわかり難いかも知れませんが、一番沢のすぐ横、御中道を横切って、木々がなぎ倒されていた。幅4、5mあり一個の岩が転がった跡としたら、想像するだけで恐いですね。
御中道(おちゅうどう)と大沢崩れ
「御中道」とは、富士山中腹の標高2,300m〜2,800mを通って一週する約25kmの小径です。富士講の信者が巡拝し、富士山に3回以上登頂経験のある者にのみ許された最上級の修練の道だと伝えられています。いつ頃つくられたか明らかではありませんが、19世紀初めに「中道廻りの行者、1年に百人は下らず」(隔掻録)とあります。
 御中道の中でも大沢の越場は最大の難所とされ、当初は標高2,800m付近の「一の越」を渡っていました。大沢崩れの崩壊が拡大して明治初期には「ニの越」に変更され、その後も崩壊は進み、昭和初期には「三の越」が設けられました。昭和52年に転落事故が発生し閉鎖になり、現在に至っています。
 昭和51年5月、作家幸田文は偶然見た安倍川源流の大谷崩れで偉大な自然の営力に深い感慨を覚え、全国の大崩壊地を巡りました。同年7月、幸田文は富士山の大沢崩れを訪れ、随筆「崩れ」を執筆しました。

ここは、自然公園の特別保護地区で、植物の採取は禁止されています。ゴミ等は持ち帰るようにしてください。また、大沢崩れ周辺は崩壊が著しく、御中道の渡しは通行不可能です。春先や初冬は崩壊が発生しますので、行動には十分注意して下さい。
 下流(右側)は建設省が調査工事を実施しています。工事関係者以外は入らない様にお願いします。

         建設省 富士砂防工事事務所
お庭までは石畳が続き、整備された歩きやすい道が続く。
溶岩が剥き出しで、非常に歩きにくい登山道の始まり...
毛無山
布引山
天子岳
七面山
鳳凰山
北岳
農鳥岳
塩見岳
赤石岳
上河内岳
光岳
不動岳
八ヶ岳
北アルプス
甲斐駒ヶ岳
荒川岳
聖岳
滑沢から富士


石に彫られた山座同定図
大沢崩れ・大沢休泊所
この三種、まだ良く見分けが出来ませんが、場所によって大きさ、形がいろいろで非常に興味深く思っています。
下の立体写真のモデルはどの木になるのかな。
奥庭
前沢 
階段と木の橋で整備されていて渡りやすくなっている。
立体写真は、重心を左右に移動しながら撮るため、足元が平であることが必要。チャンス、と、撮ってきたが、上の岩が落ちて来そうで結構恐い所。
立体写真なんか撮ってる場合じゃなかったかも。
    
立派な表示板がついていました。
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奥庭から富士
立体にすると山頂付近の雲が離れて見えるのは、やはり風の所為。
一台のカメラで風のある日に立体写真を撮るには、無理があるかも。







登山道から下方を見たところです。
一番沢

毛無山
あいにく毛無山より先は雲の中。
コース 時間
奥庭駐車場発
御庭
(御中道)
滑沢
大沢崩れ休泊所
見晴台
昼休み
見晴台発
御庭
奥庭
駐車場発
10:35
11:10

12:05
13:00
13:05

13:55
15:15
16:00
16:40
地図:大沢崩れ・大沢休泊所前の案内板より
交差法での写真の見方
写真を見ながら顔と写真の間に指を立てます。焦点を指に合わせ、写真が三枚に見える位置へ指をずらします。三枚に見えたら、真中の写真を見るようにします。
慣れるとすぐ見れるようになりますが、かなり目も疲れますので、休みながら無理しないで見てください。
立体写真用にたくさん撮ってきましたが、風の為、出来がイマイチでした。
富士御中道   02.7.3

石碑の文を拡大してご覧いただけます
拡大図
御中道自然探勝路
御中道は、富士山の中腹をめぐる歩道で、富士五湖や南アルプスなどの眺望が楽しめます。
また、周囲はハコサンシャクナゲ、コケモモなどの高山植物の宝庫です。

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